築地にいる僕たちにしかできないアンサー | KITCHEN BROTHERS(キッチンブラザーズ)
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FEATURE

築地にいる僕たちにしかできないアンサー

「ここにしかないものがある街、築地」

築地市場が豊洲へ移転後、今まで以上に築地を盛り上げていこうと
奮闘する人たちの想いがふつふつと湧き上がり、“新たな築地”としてさらにエネルギッシュになった。
ずっとずっと変わらないってすごいことだけど、変わること・前に進むことへの勇気や強さは、多くの人を惹きつけていく。今までもこれからも、築地はずっとおもしろい。

今回は、築地で街の蕎麦屋として親しまれてきた長生庵さん。
二代目松本 聡一郎さんは“このままではお店が終わってしまう”と感じ、蕎麦粉を一新したり、旅先で出会った料理やクラフトビールをメニューに加えたりする独自のスタイルで、お父さんが守り続けてきたお客さんたちと共にお店を盛り上げています。また、築地全体がにぎわうようなイベントも中心となって企画。“築地をもっといい街にしたい”という真っ直ぐな気持ちで街全体を引っ張っています。築地の未来のために力を注ぐ松本さんの店づくりや、街での取り組みについてお話をお伺いしました。

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守り続けるためのアップデート

 

二代目としてお店を継ごうと思われたのはいつ頃からですか?

 

僕は本当全然やりたくなかったっていうか。むしろ築地はあんまり好きじゃなくて。もともと音楽が大好きだったから、お店を継ぐ前はバーでDJみたいなのをやっていました。でも弟なんかは小学校からお店を手伝っていたんですよ。だからてっきり弟が継ぐもんかと思っていたの。でもなんか僕に継いでほしいみたいなバイブスはすごい感じていて、どうしようと思っていたんですけど、無理やりはめられてやったのが最初です。
本気で蕎麦屋をやり出したのは10年ぐらい前かな?その頃に父が倒れたんだよね。それからスタートしたのかな。

 

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長生庵二代目・松本 聡一郎さん。築地はしご酒のオリジナルグッズであるTシャツとキャップがとてもお似合い。

 

 

お父さまのことをきっかけに、二代目として本格的にお店と向き合っていくことになったのですね。

 

あと、蕎麦の手打ち教室に何十万も払っていきなり通い始めた遊び友達に、“一緒にコース料理やろうよ”って誘われて初めてコース料理に挑戦したことも、お店を頑張ろうと思うきっかけになった。僕自身は当時コース料理ってなに?って感じでまったくできなかったんです。だけどその友人からでてくる、塩はこれを使おう、野菜は京都の何々を使おうみたいないろんなアイディアがすごい新鮮でしたね。

 

どのようなコース料理を作ったのですか?

 

レシピは古典的なんですが、味はシンプルで素材を重視した今風な感じ。品名などはあまり覚えてないんですけど『鴨焼き』や『そばがき』『蕎麦味噌』など基本長生庵にある食材でコース料理を作っていったことに感動した記憶があります。料理に合わせて器を選んだりして、自分が見えていなかった世界が見えてきたというか。“あ、おもしろいかも・・・”って思った瞬間でした。

 

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それからあるアーティストが昭和のキャバレー跡地でイベントをするということで、そこで蕎麦をださないかとその友人つながりでお誘いいただいたんです。調理道具を持ち込んで、食べる場所も自分たちでセッティングして楽しかったですね。一杯500円くらいで販売したんですが、めちゃめちゃ売れたんです。美味い美味いって。それがもう嬉しくて嬉しくて。当時クラブのような場所で蕎麦なんて通用しないと思っていたのに、逆に新しいみたいになった。それ以降名前も知れ渡りよく西麻布では可愛がってもらいました。その後もその友人とはいろいろなイベントで蕎麦を売りましたね。

 

そのご友人の提案があったからこそ、お蕎麦をつくることにおもしろさや可能性を見出すことができたのですね。お父さまの代はどのようなお蕎麦屋さんだったのですか?

 

市場の人、勝どきの人をただひたすら腹いっぱいにさせるっていう蕎麦屋だったと思う。街のために工夫をして頑張っていたと思いますが、味というよりは量っていう感じでしたね。ただ子供の頃に食べた『冷やし鴨南蛮』は、幼いながらに本当美味しかった。今もその蕎麦は昔の味のまま継いでいます。

 

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お蕎麦以外にもお刺身や天ぷら、コース料理もある今の長生庵とはだいぶお店の雰囲気が違いますね。

 

だから父とは喧嘩しながらやったっすね。何を置いちゃいけない、何をやっちゃいけないっていう父のスタイルがあって、最初の頃は理解できなかったけど、今思えばそれはそうだよなっていうこともたくさんあった。でも時代は変わっていくじゃないですか。僕らのほうが時代に敏感でこれからは絶対こうなっていくっていう自信はあったけど、父からは絶対変えたくない、守っていくっていう姿勢がすごい伝わってきた。それでも新しいことをやらないと終わっちゃうんじゃないかってすごく思っていました。

 

お父さまが守りたかったものとはどのようなものだったのでしょうか?

 

お客さんであった地元で働いてる人や住んでる人をすごく意識していたと思いますね。築地の仲間意識が強い人でした。まだうちは英語のメニューがないんですけど、そういう人たちがいつもみたいに座れなくなっちゃうのが嫌だなっていう父の想いがちょっと根付いています。地元の人を腹いっぱいにさせたいっていうのが父の想い。腹いっぱいにさせたいってのもあるけど、より美味しいもの・普段食べられないものを今度はお店で出していこう、市場らしさをもっと出していこうっていうのが今の兄弟のスタイルです。

 

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お店はご兄弟でやられているのですか?

 

お店は主に僕と弟の兄弟二人でやっています。弟とはタイプが全然違う。まずスマホを持っていないっていう。うちの親父の血を濃く継いでいると思う。でも弟は蕎麦をメインに、天ぷらや魚料理・つまみまで仕入れから担当し、一生懸命やってくれています。他のみんなは父のときから一緒に働いてくれている方たちばかりなんだけど、前に出してくれるというか応援してくれているのがすごくわかる。“蕎麦の出汁でラーメン作ってみよう”とか言っても許してくれるし、常に一緒にやってくれます。

 

信頼している方々と共に新しくお店をつくっていけることはとても心強いですね。
お蕎麦自体も何か変えられたのですか?

 

父の頃は水も蕎麦粉もすべてどんぶり勘定でろくに測ってなくて、そもそも教わったものはあまりなかったから理想の蕎麦の味をイチから勉強して作り直しました。蕎麦自体は機械打ちで、蕎麦粉を数種類ブレンドして香りや食感にこだわっています。いろんな店に食べに行ったり、モンゴル産とかいろんな蕎麦粉を試したり試行錯誤して今に至りますが、日々美味しい蕎麦を追い求めてる感じです。あと毎月変わり蕎麦も作っているんですけど、ちゃんとプロの方に写真を撮ってもらったりしているんです。失敗してもいいからってあれこれ挑戦したものを、音楽みたいにひとつの作品として残したくて。

 

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毎月15日数量限定で食べることができるお蕎麦。旬の素材が使われていたり、ありそうでなかった食材とお蕎麦が掛け合わされていたり、毎月欠かすことなく食べたいメニューばかり。

 

 

ソフトドリンクやお酒もこだわりを感じるラインナップです。

 

もともとソフトドリンクを置いていなかったんですが、お酒を飲まない方にも楽しんでもらえたらと思い取り入れました。あと、日本酒も。日本の国酒、日本のお酒はとにかく勉強しようと思いましたね。バーで働いていたとき、その日お店に流すレコードを毎日買いに行ったりしていたんですけど、思えば今お店で出している日本酒のセレクトとかはそのレコードを選ぶ感覚の延長にあるかも。だからめっちゃ楽しい。

 

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松本さんがお店を継がれてから新しくメニューに加わった料理がたくさんあると思うのですが、アイディアなどはどこから得ることが多いのでしょうか?

 

SNSも発達して情報はいくらでも手に入りました。見てるだけでも勝手に勉強になるじゃないですか。昨日は『発酵食と日本酒』っていうテーマの勉強会に行ってきたんだけど、おもしろいなと思ったことや学んだ知識は長生庵でも生かそうと思って。だからこういう勉強会とかセミナーは結構行くようにしています。

 

積極的にいろんなものを取り入れられているのですね。

 

この間フィリピンに旅行に行ったとき、アドボっていう肉じゃがみたいなのが美味しくて調味料を揃えて夏のコース料理に入れてみたんです。世界にはこんな料理があるんだよってお客さんに話しもさせてもらって、そうするとお客さんもおもしろいって喜んでくれたりして。そういうのを繰り返しながらお客さんとコミュニケーションをとってやっていますね。

 

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旅先で新たな発見を得ることもありますよね。旅行にはよく行かれるのですか?

 

旅行仲間がいて年に一回はみんなで行こうって。海外に行くと日本は四季があって季節感がすごいある国だなとか、客観的に日本食を捉えることができるのでおもしろいですね。だからうちでは旬の美味しさを感じてもらえるような料理を意識しています。

 

料理で四季を感じることができるのは日本の大きな魅力の一つのように思います。

 

四季の食材を意識し始めたら自然と市場の人たちとも、こういうのあるよ、こんな珍しいのがあるよってコミュニケーションがとれて、それがいい循環になっていきました。魚や野菜の旬を知ることができたのは毎日同じ問屋さんに足を運んだからでもありますね。市場の人たちとそうやって仲良くなることも、仕事のうちというか、すごくいいことだなと思ったんです。

 

市場の人とのコミュニケーションも変化していったのですね。
それまではどのような感じだったのでしょうか?

 

僕らには天然本マグロみたいなキロ1~2万のマグロは手が届かなかったし、売ってくれなかった。その代わりに蕎麦屋の自分たちに気を使ってくれたのか、バチマグロなどの安いマグロを売ってくれていました。でもそれが悔しくて銀座クラスのマグロに変えたの。いいやつに変えてからやっぱり店もアガリました。いいものはちゃんと良くて、僕あんまり魚食えないんですけど僕でも食べられるほどの美味しさ。ただ安く仕入れるためだけじゃなくて、市場の人と一緒になって店の味を良くしていくということも自分たちの努力のうちかなというのはすごい感じています。

 

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一人の想いが、街をみんなを変えていく。

 

松本さんが思う築地の魅力とはなんでしょう?

 

単純に食材の種類や量が多くて、魚とかに関してはやっぱりまだまだプロの街だから、ここに来ればいいものを教えてもらえるみたいな信頼はでかいと思います。なんだかんだどんな食材も築地にあるんだよね。場内だけでも400店舗か500店舗ぐらいあるでしょう。場外にも何百店舗ってお店がある。そんな場所ってなかなかないじゃん。築地ってすごいなと改めて感じました。だから自然と自分の料理や素材にこだわりを持った人たちが集まるんじゃないかなとも思います。あとは人がいいよね、みんなあったかい。

 

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一般的にも、プロが使うようなレベルの高い食材が揃う街というイメージがあります。

 

ただもうちょっといろんな人を受け入れられる場所にするべきだとは思う。プロもプロ以外の人も来て食材を仕入れできたり、いろんな人に対応できるような店舗や街にしていくのがいいと思う。柔軟にしないと。僕はどんどんいろんなものを取り入れていかないと、ちょっともったいないなと思っていて。はしご酒でも「やりたいです」って言って僕たちの想いや趣旨に共感してくれる人たちなら、ぜひ一緒にやりたいと思っています。

 

はしご酒は築地にある飲食店・居酒屋・BARなど、いろいろなお店をキャッシュオンで気軽に回ることができるイベントですよね。はしご酒をやろうと思われたきっかけはなんでしょうか?

 

豊洲移転がきっかけです。築地どうするみたいな。地元の人っていうよりは、僕と同じ時期に築地で働き始めた同期みたいな仲間でなんかやれることがあるかなって考えたのがはじまり。今となっては二分化されただけで豊洲にも築地にも行っている人もいるし、そんなに影響はないと思うんです。でもその当時は何かしなきゃという思いがありました。

 

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朝とはひと味違う雰囲気が漂う夜の築地で、心地よく酔っ払いながら美味しい料理とお酒を楽しむ大人たちで賑う。イベントに合わせて限定のTシャツや手ぬぐいなどのオリジナルグッズもつくられ、街全体が一体となっていく。そんな多くの人で盛り上がる築地はしご酒も当初は、上記写真の松本さんを含むわずか3名で企画・運営していた。

 

 

豊洲への移転は大きな話題となりましたね。

 

当時を思い返すと“本当に(豊洲に)行くの?”という時期が長くありましたね。だから行くなら早く行って欲しかったですし、残るなら残って欲しかった。そのほうが自分たちも早くそれに備えられるというか準備ができると思っていました。そりゃ、あんな味のある建物を壊すのは大反対でしたけどね。でも結局移転しても、してなくても今ある環境を楽しんでいたと思う。

 

さらに築地を活気づけていくためのはしご酒だったのですね。

 

NPOでも築地を盛り上げるチームやイベントがたくさんあるんですけど、夜盛り上げるようなイベントはなかったんです。僕らはしご酒の3人はもう10年前くらいから築地の夜が盛り上がればいいなっていう想いがあって、それを貫いている感じ。できたら築地全体で盛り上がりたいっていうのがあって。

 

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築地にある飲食店さんの協力がなければできないイベントだったと思うのですが、みなさんの反応はいかがでしたか?

 

最初は実績もないし店舗集めが大変で営業しに行ったりして、23店舗くらいに参加してもらった。3人で協力してなんとかできたっていう感じ。今じゃ向こうから「参加したい」ってきてくれたりして55店舗まで増えたし、みんなからもこうしたらいい、ああしたらいいっていういろんな考えが出てきて僕ららしくできています。ここからもっと新しくなると思う。

 

年々盛り上がりを増していますね!お酒だけではなく、普段はお店に出ていないような料理が楽しめるのも魅力的です。

 

長生庵では今まではしご酒でスイーツを作ったことがなかったから、今回は一本のお酒からでた酒粕でアイスクリームを作ってみました。お酒とアイスクリームってすごく相性がいいと思うんです。なのに当日のメニューに入れてくれなかった・・・もう、あいつらどうしようもなくて・・・。
あと、その酒粕と上野のコリアン街にある超いいホルモン屋のホルモンで酒粕のモツ煮を作ったの。でも当日強火で調理して焦がしちゃって出せないの。もう、なんなのお前ら・・・って言って泣いたよね、本当に。

 

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昔から感動屋だけど、今年のはしご酒は本当大変で勉強になりました。いろんなことがあって特別すぎた。でも、そういうのを楽しんでやっているからいいんだけど。イベントってそういうのも全部含めて楽しめないと終わりじゃん。“あのとき泣いていたなぁ〜”みたいに(笑)

 

イベントやイベントに来てくれるお客さんに対して、真っ直ぐな気持ちで向き合っているのですね。

 

まあ、そんな感じで一生懸命やっている(笑) 異常なほど料理本を買って、実際にいろんなメニューをめちゃめちゃ作ってみて勉強している。勉強会もそうだけど友達からも教わったりして、お客さんに少しでも多く喜んでもらうためにいろいろ挑戦してます。

 

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今年で7回目を迎えるはしご酒ですが、続けてこられて感じることはありますか?

 

普段から料理に励んで頑張っているようなお店はやっぱり日頃から忙しくしてて、そういうお店がはしご酒を強くしてくれるなっていうのはわかった。そういうお店と付き合っていきたいし、応援していきたい。
はしご酒に参加したからお店の売上がどうなるってわけじゃないんだけど、それでも“築地をいい街にしたい”って思って参加してくれている人がだいぶ多くなっているように感じます。

 

お客さんを楽しませるだけではなく、築地の人たちの意識を変えるきっかけにもなっているのですね。

 

築地全体をアピールできたらっていう部分に関してはチャンスが見えてきた気がする。少しでも築地で買いものをする飲食店さんが増えたり、築地らしさをアピールできるようになったらいいなと思っています。少しでもみんなに喜んでもらうのは大前提だけど、これからは僕たちが考えていることとかも示していきたくて。今後ホームページをつくって何でもいいからどんどん形に残していきたいです。

 

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お話を伺っていて“築地を街のみんなで盛り上げていきたい”という松本さんの強い気持ちが伝わってきました。

 

うちの親父がそうだったんだけど、僕もあんまり人にNOって言わない。やっぱりなんとかしてあげたいし、変えられることは変えてあげたい。今のイベントも仲間たちからいろいろ教わったり感じたりしながらつくってきたから、僕だけの力じゃないっていうか。うまく言えないけど最終的にやっぱりわかったのはひとりじゃ何もできないってこと。みんないろいろ考えていてすごいなと思う。本当ひとりじゃ何もできないから、いろいろ力を貸してもらわないと築地ももっと良く変わっていけない気がします。

 

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築地に返していきたいもの

 

これから築地でやってみたいことはありますか?

 

築地はしご酒メンバーの発案で、魚河岸のはしご酒みたいのを企画しているんです。築地で日本酒のフェスってまだ自分たちはやっていないんですよ。他の街ではすでに取り組んでいてすごい盛り上がっているんだけど、イベントのフードは保健所の関係で刺身を切っちゃいけないんです。唯一刺身を使ってイベントができるのはおそらく築地で、美味い刺身と日本酒って組み合わせは一番おもしろいと思う。それで魚河岸の中にある60店舗ぐらいで、いろんな街のいい塩と醤油を用意して好きな刺身をみんなで食べ比べるっていうやつをやろうって。

 

日本酒はもちろん、お刺身が楽しめるのは築地ならではの贅沢なイベントです!

 

築地には美味い刺身とか魚があるっていうことを自分たちのやり方で発信する。それをするだけでも“築地を守る”とか“変わらない築地”っていうことのアンサーになると思うのね。しかもめちゃめちゃ楽しいと思う。ひとりの意見で街が変わることはなかなかないから、築地の人たちそれぞれに意識させるにも、お客さんを巻き込んでやるはしご酒や、今度やる魚河岸はしご酒などイベントの存在は大きいです。

 

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あとは築地に対する恩返しというか、僕なりの若い世代へのアンサーでもある。こういうイベントをつくったっていうことは残ると思うから。もうちょっと若い子たちが少しずつ集まってくれたらいいなと思います。

 

これからの築地をどのような街にしていきたいですか?

 

そこは変わらず今後も築地に行ったら美味しいものが食べられる、買える、知れるとか、美味しい酒が飲めるとか、そういう街にしていきたくて、そこは場外も場内も絶対一致すると思う。そもそも飲食店ってそういうものであるべきだし。築地はいいものを買える街でありたい。だいたいこんなワンクリックで何でも揃う世界で築地に買いものに来るとかマジでレアだしね。そのためにも築地にあるいいお店をいろんな人に伝えられるような、自分たちなりの情報発信をしていきたいし、外国人に向けたはしご酒とか子供たちに向けた食べ歩きとか、食に関わることで僕にできることをやっていきたいです。

 

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松本さんが築地で守っていきたいと思うものはありますか?

 

人とのつながり。新しくつくりながらも守るっていうほうがニュアンス的には合っているかもしれないですね。築地にはおもしろい奴がいっぱいいるから、そういう奴らともっと仲良くなって一緒に何かできればいいなとは思います。

 

築地にとっても、松本さんにとっても欠かすことができないもののように感じます。

 

僕にとって仲間は宝物です。自分が好きな音楽を通して、いろんな人とつながっていったあの感覚は今の基盤にめちゃめちゃなっています。僕、だいたいのことは音楽から教わったと言っても過言ではないっていうか(笑) 某CDショップじゃないけどNO MUSIC NO LIFE(笑) やっぱり音楽は最高だと思う。

 

音楽は今の松本さんをつくりあげてきた大切な要素の一つなのですね。
自分の好きなことやおもしろいと感じることに真っ直ぐ進む松本さんのパワーに巻き込まれ築地やお店が活気づいていくようです。

 

本当、音楽と蕎麦屋があったからまだまともですけど、なかったら、、、ろくなことしてないもん。絶対記事に載せられないと思う(笑) みんなでお酒を飲んでそのお酒について真剣に語ったり、世界・環境・政治の話までできるような飲食店が自分の住んでる街でできること、モチベーションをぶつけられる相手がいることが幸せです。
これからも僕らの予想を上回る時代の変化や苦難があると思うし、お金や食に対する価値観が変わる世界が来るかも知れない。出会いと別れ、たくさんの経験をして辛いこともあるけどその先に強くなっている自分がいると思う。決して無駄にしないよう忘れないようお店と心に刻みながら、この土地で仲間と歩み続けようと思います。築地にすごく感謝していますし、だからこそこの街にお礼をしたくなっているのかも。

 

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こちらのインタビュー内容は2019年11月に取材したものです。