店主・友部 雄基さん(左)、坪内 香代子さん(右)
良い場所に行く、良い人に会う。好きな人たちと好きなことをする。
「カレーとお菓子のお店」と聞くと少し変わった感じもしますが、この組み合わせはなぜでしょうか?
香代子さん:雄基さんはカレーがすごい好きで、サラリーマンを辞めてカレー屋さんで働いていました。私は、フランス菓子店でずっと働いていたので、それぞれのできることを一緒にやっている感じですね。
それに、彼はカレーだけでなくお菓子作りもできるので、一人でやるよりスピーディーで量も作れるようになりました。
雄基さん:自然とお互いがない部分を補い合っている感じです。僕は喋ったり表に立つことが苦手なので、そういうのは全部やってくれるのですごいありがたいですね。
雄基さんが作ったチキンカリー。もちもちしたお米が好きな日本人の好みに合わせ、インド米と日本米がブレンドされているとのこと。
香代子さんが作ったバナナケーキ(手前)とマツェルトフ(奥)。マツェルトフはヘブライ語で“祝福”という意味のスフレチーズケーキ。
お互いの得意分野が違うのですね。オープンまではどういう経緯だったのでしょうか?
香代子さん:このお店を作る前にも、実は武蔵小杉で彼に手伝ってもらいながら間借りのお店をやっていました。ただ元々契約が1年と期間が決まっていて、その期限もあと1ヶ月と迫ってきたタイミングで、彼の元職場の友人でもあるこのお店のオーナーから「場所が空くからお店をやらないか」とお話をいただいたんです。前のお店の閉店からここのオープンまで2ヶ月で、気が付けばトントン拍子で進んでいました。
タイミングが重なったのですね!
香代子さん:そうなんです。お店をやりたいとか、お菓子を作りたいとか、自分たちがやりたいことをいろんな方に言うようにしていました。これはいつもお世話になっている私立珈琲小学校※吉田先生のアドバイスなんです。ありがたいことに大きい話から小さい話までいただけるようになったなかで、ちょうどここがバッチリのタイミングで。こうやって人に話をするっていうのは大事だなって思いました。
吉田先生から学んだことは本当に多くて。他にも、独立する自信がないと相談したときには、「僕も自信なんてないですよ!」と明るく言われたこともありました。この言葉が背中を押してくれましたね。
常に強いマインドを持ち合わせている人なんてごく一部で、誰もが弱さや不安を抱えて生きています。大事なのはきっかけにのれるかどうかと、そのきっかけに「出来ない理由を探さないこと」なんじゃないかなと思います。
たしかにやりたいことを言い続けたり、実行に移すことってハードルが高いように感じるのですが、普段から意識していたことはありますか?
香代子さん:あえて言うなら「良い場所に行く、良い人に会う」、それを無意識の内にしていたと思います。一緒にいて心地良いな、気持ちが良いな、話したいなと思う人たちと会ったり一緒に仕事をしたりする。そうしたら、自ずと「この人、この場所とのご縁を大切にしたい」と思うようになります。だって好きな人たちと好きなことをできるんですから。
私立珈琲小学校:渋谷区代官山にあるコーヒーとアートのカフェ。元小学校教員だったオーナーの吉田さんが、「学校は出会いの場」をコンセプトに運営している。
お店で使っているカレー皿やケーキ皿は、開店祝いで友人たちが持ってきてくれたものを使用しているとのこと。
コンセプトである「忙しなく働く人たちの日常に寄り添うための場所」にはどういった想いが込められているのでしょうか?
香代子さん:コンビニエンスなお店が増えているので、パッと食べて帰ることが結構あると思うんです。でも、ただ食べて帰るのではなく、なんかこうちょっと話せたり気持ちの切り替えができる場所が必要だなって。
私たちも以前は会社に属していたので、いわゆるサラリーマンとして働く人たちの気持ちもわかります。だからこそ、そういった人たちに寄り添える場所、もう1つの場所になれたらと思い、店名に村上春樹氏のスピーチ「壁と卵※」を付けました。
壁と卵:2009年村上春樹氏がエルサレム賞授賞式で行ったスピーチ。“どんなに壁が正しく、どんなに卵が間違っていても、私は卵の側に立つ”と唱え、社会やシステムを壁、人間を壊れやすい卵に例えている。
友人がプレゼントしてくれたという英語表記の壁と卵のスピーチ。
店内で目を引くレコードや本の数々も、そういったお客さまに寄り添うためのものなのでしょうか?
雄基さん:本を読んだり音楽を聴いたりして救われることってあると思うんです。実際僕らが救われた経験があるので。
でも別にどんなことでもいいと思うんです。例えばカレー食べておいしいと思うことだったりとか、お菓子を食べてちょっと落ち着けたりとか、ちょっと話ができたりとか。それがこのお店じゃなくてもいいし、このお店でもいいなっていう感じですね。
香代子さん:それと、友達の家に遊びに来たような気持ちになるといいなと思ったので、部屋の延長線みたいに私物を持ち込んでいるのもあります。レコードと本は全部部屋にあったものなんです。なので、私たちにとっても自分たちの部屋のようなのでリラックスして働けています。
雄基さん:無駄に早く仕込みに来ちゃったり、休みの日とかもレコードを聴きに来たりしちゃうんです(笑)
楽しそうです(笑)お二人のリラックスしている雰囲気がお客さまに安心感を与えているのですね。
最後に、今後どんなお店になっていきたいですか?
香代子さん:普段お世話になっているお店の人やお客さまが、ちょっとした話のなかできっかけを掴んだりして、どんどん繋がっていくお店になれたら最高だなと思いますね。
それに、仕事をしているとお菓子の作り方からプライベートのことまで、いろんな相談を受けるんですよね。そうやって悩んだときにちょっと寄ってみたり、家に帰る前に一旦落ち着けたりする場所があるってなんかいいなと思っていて。
第三者的存在だからこそ親身になれるし、ただ話を聴くだけでも、それでもちょっと気持ちが救われるところがあるなら、私たちも救われるというか。自分たちもいろんな人と関わって救われてきたからこそそういう風でありたいと思うし、私たちは私たちなりの"卵の寄り添い方"みたいなのができたらいいなって思います。